【後日談】堕天使のプレリュード
- 2025.01.22
- 後日談

「噂をすれば」
カラン、客が入ってきた。
「いらっしゃい。そろそろ来る頃だと思っていたよ」
「相変わらずの閑古鳥」
途端、空気が変わる。
ロングの黒髪。背の高いモデル風の女がカウンター席に座る。一つ空けて祐介の隣に。
「貸し切りにしてるのさ」
「いつもの。ストレートで」
「はいよ」
「どうでもいいけど」
溜め息交じりだった。
「そろそろ引退、考えたら?」
「まだまだ続けるさ。偏屈でつむじ曲がりの客が押しかけてくるまでは」
「あっそ」
やがて、その目線が傍らの小男へと向かう。
「いたんだ?」
「いましたよ、悪かったですね」
「いるとわかってたから来たんだろ?」
横から茶化すように老バーテンダー。
どうやら聞こえてないようだ。それとも聞き流しているのか。どちらにしても香澄に答える素振りはない。カウンターに肘をつく。ちょっとだけ気まずい。
「例の報告書、さっきメールで送っておいた」
箱から煙草を取り出すついでだった。
「助かります。何か言ってました? ブラッドリー部長」
「別に。いつもと一緒」
「そうですか」
「で? 何の話? ふたりして」
「何も?」
マスターが返事する。
演技力は皆無だ。けど、白々しい演技をさせたら右に出る者はいない。
「怪しい」
「男同士の話さ。な? 志来クン」
「まぁ」
眼鏡を押し上げるとカップに口をつけた。
「へぇ」
「天使の話をしていたのさ」
飲んでいたミルクを吹きそうになった。
「ちょっと、マスター」
「天使?」
顔を傾けてマッチを擦るついでだった。小馬鹿にしたように香澄。鼻を鳴らした。
「いるわけない」
「そいつはどうかな」
「顔を合わせれば、お説教ばっかりの小姑ならいるけど」
「そりゃ、どういう意味です?」
「天使というのは比喩さ」
少し間を置いてだった。
「そう」
素っ気ない返事。味もなければ愛想もない。
「志来くんの初恋の話」
マスターは続けた。
「知りたくないか? どんな相手だったか」
「ちょっと黙ってて」
せっかくの雰囲気を壊さないで。香澄はお気に入りの曲に耳をそばだてている。曲名はわからない。奏者も。だが、緩やかで心地いい時間が流れていく。邪魔してはならないと、できるだけ音を立てないよう努める。
「興味なしか」
やがてジャズが鳴り止む。
マスターがキッチンに戻ろうとしたときだった。
「で、どんな相手だったの?」
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