【香澄の秘密部屋】途方に暮れて
- 2025.02.09
- 香澄の秘密部屋


「いいね、香澄ちゃん! いいよ! でも、もっと笑ってみようか!」
連続したフラッシュ、シャッター音が鳴り響く。
が、しかしモデルの表情は硬い。
むしろ笑顔を望むあまりカメラマン、照明、レフ板を手にした現場スタッフらの方が気を遣い、苦々しいまでの作り笑いをしている。
「ねぇ」
休憩時間へと突入するやだった。
「何なの、これ?」
丁度、撮影の様子を見物していた志来(しき)祐介の元へと詰め寄った。
「何とは?」
「だから」
香澄が声を荒げる。
「どうして、わたしがアルバイトしなきゃならないわけ?」
以前に世話した知り合いのツテだった。
相手はモデル事務所の関係者で予てから声を掛けられていた。ずっと断り続けてはいたものの、この際、背に腹は代えられない。事情が事情である。今回ついに折れたというわけだった。いや、すがったと言った方が正しかったのかもしれない。
「仕方がないでしょう。香澄さん、あなたは街の区画ひとつ吹き飛ばしたんです。わかってます? その被害額は天文学的数字です。警察は借金の肩代わりはしません」
「じゃあ、経費で」
「無理です。できません。できるわけないでしょう。一体、経費を何だと思っているんです? 都合のいいときだけ。打ち出の小槌じゃないんですよ?」
「そう」
「それともヌードにでもなりますか?」
「ヌード?」
「僕としても大変、不本意ですが」
「ねぇ」と香澄。
「待って。それって、わたしに裸になれってこと?」
「事務所の人が言うには完全なる売り手市場。香澄さん、あなたなら手っ取り早く稼げるそうです。借金の帳消しも夢ではないでしょう」
「冗談じゃない」
「でしょうね」
「馬鹿も休み休み言って」
「僕が言ってるんじゃありません」
「嫌よ、絶対」
「それなら諦めてモデルのバイトに勤しむんですね。返済まで何年かかるか知りませんが」
「酷い」
「酷いのは香澄さん、あなたです。あなたの常日頃の行いです。身から出た錆です。今回の一件は、まだまだ氷山の一角。あれだけ僕が言ったでしょう、口を酸っぱくして。好き放題やっていたのでは、いつか痛い目を見ると」
ここぞとばかりだった。勝ち誇ったように上司が得意げな顔をする。
いつもは馬鹿にされ、からかわれ。足蹴にされ土足で踏みにじられ。やり込められてばかりだっただけに、その表情は優越感に浸りきっている。
「では、僕は仕事があるので」
今更、泣きついてきたって許してなんかやらない。
ここは断固とした態度を取ってやるのだ。上司として。
そうとも、自由で気ままで。自己中心的かつ、わがままし放題の部下にお灸を据えるべく。
「待って」
「何です?」
「置いていく気?」
「そうですが、何か?」
「こんなところにいたんじゃ息が詰まる」
「いいクスリです。少しは社会について勉強するんですね」
「要するに、わたしは売られたってこと」
「人聞きの悪いこと言わないでください」
「いいわ」
香澄が居直る。ついでに髪をかき上げた。
「わかった。それなら、こっちにだって考えがある」
「考えとは?」
思わず身構えた。
こういったときの彼女は決まって何かしらの武器。つまり切り札を隠し持っている。
そして、それに対して今まで勝てた試しがない。
「ヌードにでも何でもなる。どう、これで満足?」
「え?」
想定外の反応だった。
「またまた、ご冗談を」
「冗談に見える?」
「いや、何もそこまで」
「いいの? わたしが皆に裸を見られても」
一瞬、その姿が浮き彫りになる。
本当に鮮明に。そして実に艶めかしく。
Gカップという豊満バストを揺らし悶絶する女体。
汗ばむ身体から滴り落ちる水滴。
健康的で引き締まった肉体美。腰をくねらせ尻を突き出し。そして開かれる長い素脚。
その姿を半ば食い入るようにして。
好奇な眼差しを向け、食い物にする獣のような男たち。
考えただけでもおぞましい。おぞましすぎる。

「一番、困るのは誰かさんだと思うけど」
ぐうの音も出なかった。
確かに。それは困る。かもしれない。
これでは形勢逆転。状況は極めて不利だと言える。
「卑怯ですよ」
「じゃあ、肩代わりして」
いけしゃあしゃあと。実に軽々しく、とんでもないことを口走る。自分の上司に街の被害額を。何億という借金を押しつけようというのだ。
「何故、僕が」
「だったら」
小悪魔みたいな顔をした天使が踵を返そうとする。
「わかった、わかりましたよ! 僕の負けです!」
-
前の記事
【香澄の秘密部屋】ドキッ!危険な夏祭り 2025.01.31
-
次の記事
【告知】A Crime Case File『狂気の仮面は月夜に笑う』Kindleにてリリース開始! 2025.02.11