【香澄の秘密部屋】途方に暮れて

【香澄の秘密部屋】途方に暮れて

「いいね、香澄ちゃん! いいよ! でも、もっと笑ってみようか!」

連続したフラッシュ、シャッター音が鳴り響く。

が、しかしモデルの表情は硬い。

むしろ笑顔を望むあまりカメラマン、照明、レフ板を手にした現場スタッフらの方が気を遣い、苦々しいまでの作り笑いをしている。 

「ねぇ」

休憩時間へと突入するやだった。

「何なの、これ?」

丁度、撮影の様子を見物していた志来(しき)祐介の元へと詰め寄った。

「何とは?」

「だから」

香澄が声を荒げる。

「どうして、わたしがアルバイトしなきゃならないわけ?」

以前に世話した知り合いのツテだった。

相手はモデル事務所の関係者で予てから声を掛けられていた。ずっと断り続けてはいたものの、この際、背に腹は代えられない。事情が事情である。今回ついに折れたというわけだった。いや、すがったと言った方が正しかったのかもしれない。

「仕方がないでしょう。香澄さん、あなたは街の区画ひとつ吹き飛ばしたんです。わかってます? その被害額は天文学的数字です。警察は借金の肩代わりはしません」

「じゃあ、経費で」

「無理です。できません。できるわけないでしょう。一体、経費を何だと思っているんです? 都合のいいときだけ。打ち出の小槌じゃないんですよ?」

「そう」

「それともヌードにでもなりますか?」

「ヌード?」

「僕としても大変、不本意ですが」

「ねぇ」と香澄。

「待って。それって、わたしに裸になれってこと?」

「事務所の人が言うには完全なる売り手市場。香澄さん、あなたなら手っ取り早く稼げるそうです。借金の帳消しも夢ではないでしょう」

「冗談じゃない」

「でしょうね」

「馬鹿も休み休み言って」

「僕が言ってるんじゃありません」

「嫌よ、絶対」

「それなら諦めてモデルのバイトに勤しむんですね。返済まで何年かかるか知りませんが」

「酷い」

「酷いのは香澄さん、あなたです。あなたの常日頃の行いです。身から出た錆です。今回の一件は、まだまだ氷山の一角。あれだけ僕が言ったでしょう、口を酸っぱくして。好き放題やっていたのでは、いつか痛い目を見ると」

ここぞとばかりだった。勝ち誇ったように上司が得意げな顔をする。

いつもは馬鹿にされ、からかわれ。足蹴にされ土足で踏みにじられ。やり込められてばかりだっただけに、その表情は優越感に浸りきっている。

「では、僕は仕事があるので」

今更、泣きついてきたって許してなんかやらない。

ここは断固とした態度を取ってやるのだ。上司として。

そうとも、自由で気ままで。自己中心的かつ、わがままし放題の部下にお灸を据えるべく。

「待って」

「何です?」

「置いていく気?」

「そうですが、何か?」

「こんなところにいたんじゃ息が詰まる」

「いいクスリです。少しは社会について勉強するんですね」

「要するに、わたしは売られたってこと」

「人聞きの悪いこと言わないでください」

「いいわ」

香澄が居直る。ついでに髪をかき上げた。

「わかった。それなら、こっちにだって考えがある」

「考えとは?」

思わず身構えた。

こういったときの彼女は決まって何かしらの武器。つまり切り札を隠し持っている。

そして、それに対して今まで勝てた試しがない。

「ヌードにでも何でもなる。どう、これで満足?」

「え?」

想定外の反応だった。

「またまた、ご冗談を」

「冗談に見える?」

「いや、何もそこまで」

「いいの? わたしが皆に裸を見られても」

一瞬、その姿が浮き彫りになる。

本当に鮮明に。そして実に艶めかしく。

Gカップという豊満バストを揺らし悶絶する女体。

汗ばむ身体から滴り落ちる水滴。

健康的で引き締まった肉体美。腰をくねらせ尻を突き出し。そして開かれる長い素脚。

その姿を半ば食い入るようにして。

好奇な眼差しを向け、食い物にする獣のような男たち。

考えただけでもおぞましい。おぞましすぎる。

「一番、困るのは誰かさんだと思うけど」

ぐうの音も出なかった。

確かに。それは困る。かもしれない。

これでは形勢逆転。状況は極めて不利だと言える。

「卑怯ですよ」

「じゃあ、肩代わりして」

いけしゃあしゃあと。実に軽々しく、とんでもないことを口走る。自分の上司に街の被害額を。何億という借金を押しつけようというのだ。

「何故、僕が」

「だったら」

小悪魔みたいな顔をした天使が踵を返そうとする。

「わかった、わかりましたよ! 僕の負けです!」