【香澄の秘密部屋】シンデレラ・キャット

【香澄の秘密部屋】シンデレラ・キャット

『香澄さん?』

眠りに就こうとベッドで、うとうとしかけたときだった。

彼女は現れた。

『何故、僕のベッドに!? 何してるんです!?』

『大きな声、出さないで』

『どうして裸なんです?』

くびれた腰に長い脚、そして豊かに突き出したバスト。

モデル顔負けだった。

正真正銘、一糸まとわない。生まれたままの姿で彼女は佇んでいた。

『どうしてって』

少し困惑した様子で香澄。

『わたしは人間みたいに奇妙な布を纏う習慣なんてない』

布? 習慣? どうにも話が噛み合わない。

これでは、まるで相手が人間じゃないみたいだ。

『って、なんで僕まで裸!?』

慌てて股間を隠した。

気がつくと自分まで生まれたままの姿になっていた。

おかしい。確かにパジャマを着て寝床に入ったはずなのに。いつの間に、こんな恰好に。

『人間って馬鹿ね。いちいち反応が大袈裟なのよ』

『もしかして猫の方のカスミ?』

『ご名答』

小馬鹿にしたように鼻を鳴らした。

『今頃、気づいた?』

察しが悪い。頭が鈍感。散々、カスミは罵った。言いたい放題。

確か以前にも同じようなことがあった。

忘れもしない。今みたいに人間の方の香澄の姿、それも裸のまま現れた。

『何を勘違いしてるのか知らないけど』

『またですか』

『またとは何よ』

『じゃあ』

『そうよ、わたしはカスミ。あなたが飼ってる猫』

『そんな馬鹿な』

『疑うのは勝手、信じないのも勝手』

気怠い口調でカスミ。長い髪をかき上げた。

オリジナル顔負けの皮肉っぽい仕草で。

『でも、それが現実』

『しかし、どうして、また人間の姿に?』

『さぁ』

『さぁって』

『きっと魔法なんじゃない?』

『魔法?』

『そう、魔法。だから時間が来れば元の姿に戻る』

『そうなんですか』

まさか原因は自分?

三十歳まで童貞だと魔法使いになると聞く。

いやいや、違う。自分はまだ三十歳を越えてない。魔法使いになるには早すぎる。

『それまでは人間の姿で、お楽しみっていうわけ』

『お楽しみ?』

『別に』

脚が長いと不便ね。カスミは膝を折り曲げて座り直した。

際どい部分が見えそうになってヒヤヒヤする。

『やることは変わらない。いつも通り毛繕いして、いつも通り食事して、いつも通り寝転んで』

猫みたいな瞳が挑発する。

『いつも通り飼い主と戯れる』

『飼い主?』

『あなたのことよ』

『僕?』

『おかしい?』

『いえ』

『三食昼寝つきで、わたしのこと飼ってる』

『それはそうですけど』

文字通りのキャットウォーク。

四つん這いのままカスミが近づいてくる。

その度、豊かなバストが、ゆさゆさと交互に揺れ動いて波打つ。

『今夜は抱いてくれないの?』

『抱く?』

物議を醸しそうな言い回しである。猫の姿のときと違って今は別の意味に聞こえる。

『いや、しかし……』

正直、流石に目のやり場に困った。

『いつもは抱いてくれる』

見れば見るほどだった。

顔は勿論、プロポーション。仕草といい声といい話し口調といい。

どれを取ってみても完璧だった。

そっくりなんてものじゃない。瓜二つだった。本物にしか見えないし思えない。

『ねぇ、志来クン』

膝の上に乗ると耳元に向かって囁いた。

両手を首に回しながらカスミ。汗ばんだ乳房も胸に押しつけられる。

『魔法が解けるまで大人のダンスしない?』

『やっぱり夢か』

すべては幻。偶像の産物だったことに愕然とした。

考えてもみれば馬鹿げている。猫が人間の姿に化けるなど。

しかし、それも道理だった。そもそも都合がよすぎる。

世の中、そんなに甘くない。

夢と魔法はいつか解けるもの。そう相場は決まっている。

気がつくと時計の針は0時きっかりを指していた。

すぐ傍らには白猫が寄り添って眠っていた。