
『何してるの? 置いてくわよ』
まるで大人と子供だった。
僕と彼女とでは脚の長さは比較にならない。
つまり、そこには雲泥の差がある。
自ずと歩幅にも差が出るというものだった。
僕がもたもたしてる間に彼女はどんどん先を歩いていってしまう。先へ先へと。
そのせいで追いつくのも一苦労だ。
『ねぇ、見て。志来くん。綺麗な紅葉』
『ホント、綺麗ですね』
この頃には息切れしていた。
『今日がピークなんだって。正解だったわね、思い切って足を運んで』
職場放棄に名誉毀損、器物損壊に傷害。数々の迷惑行為に違反行為。
停職処分は必至。
よくても謹慎は免れない。
この可愛らしい見た目、この笑顔ひとつで何でも許されると思ったら大間違いだ。
世の中そんなに甘くない。
それで済むなら警察などいらない。
今日こそビシッと言ってやるのだ、ビシッと。上司らしく。確固たる意思を持って。
いよいよ年貢の納め時。
そうとも、泣いて謝ったって許したりしない。
『あのですね、香澄さん』
『何?』
『始末書……』
『ねぇ、あれ見て!』
『え、どこです?』
『あの男の子、ベンチに座ってる。志来クンに似てる』
『そうですか? そんなに僕に似てます?』
『そっくりよ』
『髪型のせいでは?』
いかん、いかん。ペースに流されてしまっては。
さっき覚悟を決めたばかりじゃないか。
しっかりしろ祐介。今日こそビシッと言ってやるのだ。
『……あの、始末書』
『この公園の紅葉、ずっと一緒に見てみたかったんだ』
澄んだ切れ長の瞳が見つめる。
『志来くんと』
思わず顔がニヤけた。
こんな風に言われて平静を保てる男など何処にいよう。
流石は腐っても殺し屋。
意図してやっているのだとしたら実に計算高い。
あざといというか。
男心が何たるか。その扱い方について心得ている。熟知している。
男嫌いの癖して。
いや、待て。果たして本当に計算なのだろうか?
もしかして本心ということは?
考えすぎだろうか?
ないない。本心であるはずなどない。万に一つも。
あの香澄さんに限って。
血も涙もない。
人を人とも思わない所業の数々。
考えてもみれば、すぐわかることじゃないか。
危なかった。
危うく騙されるところだった。
きっと何かの策略であるに違いない。
童貞である上司をからかい、そして罠にはめようとせん。
陥れ、弱みを握り。裏から操り利用しようというのだ。
さながらチェスの駒のように。
自分の思うがまま。手足の如く。
そうに決まっている。
『本気よ』
無数の枯れ葉が風に舞い上げられた。
『え?』
『別に』
素っ気なく背中を向けた。
長い髪を靡かせ、腰の後ろに手を回し。
そして彼女は歩き始める。僕がもたもたしてる間に彼女はどんどん先を歩いていってしまう。先へ先へと。
女心と秋の空。
どれが本音でどれが本心なのやら。
やっぱり解りそうにない。
しばらく抜け出せそうにない。
この紅葉の迷宮のように――




