【香澄の秘密部屋】ロシアン★ルーレット
- 2025.08.16
- 香澄の秘密部屋
『ロシアンルーレット?』
テーブルの上に置かれてあったのは一丁のリボルバー銃。
オモチャにしては妙にリアルに見えた。
そこいらにある実銃なんかよりずっと。
『確かにゲームに付き合うとは言いましたけど』
てっきりカード遊びか何かなのかと。そう思っていた。
『ルールは単純』
香澄がリボルバー銃、片手に説明する。
『いい? 総弾数は六発。その中に弾を一発だけこめる。それから適当にシリンダーを回転させる。つまり確率は六分の一』
『ロシアンルーレットでしょう? それくらい僕にだってわかります』
馬鹿にしてもらっては困る。
『その後、こめかみに銃口を当てて一発ずつ引き金を引いていく。順番に。それで弾が発射された方が負け。簡単なルールです』
『よく知ってるじゃない』
『それで? 何を賭けるんです? ゲームをする以上、何か賭けるのでしょう?』
やれやれである。
なんだかんだ子供っぽい。
こんなオモチャを使った遊びなんかでワクワクするなんて。
普段、僕のことを子供扱いしてるくせして。自分の方がよっぽど子供じゃないか。
『じゃあ、こういうのはどう?』
香澄は椅子を引き直した。
『わたしが勝ったら、お給料アップ』
『給料ですか。なるほど、いいでしょう。面白い。呑もうではありませんか』
想像していたより可愛い。
もっと法外な条件を突きつけられるものだとばかり思っていた。
『では、僕が勝ったら?』
『そうね』と香澄。
『何して欲しい?』
いざ、尋ねられるとである。
これはこれで困った。選択肢が少ないからじゃない。その逆だ。
今後は上司の指示を尊重してほしい。そのどこか他人を見下したような。自己中心的かつ傍若無人な態度を改めてほしい。仕事をサボって飲み屋に入り浸らないでほしい。
つまり挙げ始めたら切りがない。
『ちょっと考えさせてください』
ここはひとつ慎重に行きたいところ。
どれも選り取り見取りで選びきれない。選択肢が多すぎるというのも、これはこれで困りものである。
『そうだ』
と、ここで閃いた。
電流が走った。
あるじゃないか。最も効率的かつ建設的な方法が。
素晴らしい。
この瞬間ほど自分を天才だと思ったことはない。
『僕の言うことを何でも聞いてくれるというのは?』
ダメ元だった。
一応、口にしてはみたものの当然、門前払い。
断られるものだと思っていた。鼻にもかけられないものだとばかり。話にならない。そう突っぱねられて。
『いいわ』
二つ返事だった。
『何でも言うことを聞いてあげる』
何でも? 本当に?
『ただし、わたしに勝つことができたら、だけど』
ゴクリ、生唾を呑み込んだ。
邪な考えが過ぎった。
この頃には理性など蚊帳の外。
仕事云々、態度云々の話など吹き飛んでいた。
代わりに過ぎったのは煩悩の二文字。
男なら誰しもが思い描くであろう希望に妄想、欲求の塊へと変換されていた。
『本当の本当に? 僕の言うことを? 何でも?』
そうはいったって流石に限度はあるだろう。いくらなんでも。
聞けることと聞けないことの境目はあるはずである。
それを確かめるうえでもだった。
念には念を押した。
『本当の本当の本当に? 本当に何でも僕の言うことを聞いてくれるんですか?』
『くどいわね』
黄金比のように整った顔立ちが言う。
『女に二言はないわ』
どうやら本気ということらしい。
負ける気など更々ない。そのような事態、端から想定していない。
そういった自信の表れともとれる。
『どうする? やるの? やらないの?』
切れ長の瞳が真っ直ぐに見つめる。
『いいでしょう。受けて立ちましょう』
『決まりね』
『あれ、ちょっと待ってください』
『なに?』
『もしかして』
パーティー用の銃だと思っていた。てっきり。
いや、思い込んでいた。
が、しかし、よくよく観察してみるとである。
どうにも様子がおかしい。
機構といいフレームの質感といい。佇まいといい。
『まさかとは思いますが』
眼鏡を押し上げると食い入るように見入った。
『もしかして本物の銃?』
『そうだけど』
香澄が不思議そうな顔をする。
『逆に何だと思ったの?』
ちょっと待て。
狼狽えるな。落ち着け自分。
そんな馬鹿なと思った。
どちらかが死んでしまったら勝ちも負けもない。
正直、それどころの騒ぎじゃない。
ゲーム会場から一転、立ち所に事件現場と化してしまう。
『すみません。僕の気のせいでしょうか。どちらかが死んでしまったんじゃ、この勝負は成り立たないのでは?』
『へぇ、気づいた?』
『気づきますよ』
『わがままね』
深い溜め息。
『わかった。じゃあ、特別に空砲にしてあげる。大サービスよ』
『当たり前です』
熟れた手つきでリボルバーをスイングアウト。実弾を取り出すと新しい弾を装填した。シリンダーも急回転させた。
これでどの位置に弾が来たか。いつどのタイミングで発射されるか。
神のみぞ知るというわけだった。
『どう、これで文句ないでしょ』
『空砲でも怖いです』
『怖じ気づいた?』
この一言が決め手になった。
『まさか』
クルッ、器用な手つきで銃が引っ繰り返された。
『じゃあ、志来クンからどうぞ』
『僕から?』
『別にわたしからでもいいけど』
この時点で勝負は既に始まっているのかもしれない。
確率は六分の一。
つまり先攻か後攻かで結果は大きく左右される。命運は別れる。
『いえ』
熟考に熟考を重ねた末、導き出した結論だった。
『僕から行きます』
ずっしりとした金属特有の重みが右手にのしかかる。
空砲とはいえ本物の銃を自分のこめかみに当てるというのは抵抗があった。
世辞にも気分がいいとはいえない。
『早くして』
ギリギリと引き金を引きかける。
勝てば何でも言うことを聞いてくれる。勝てば何でも言うことを聞いてくれる。勝てば……。
呪文のように頭の中で繰り返した。
この試練を無事、乗り越えられれば。打ち勝つことができれば桃源郷。
夢にまで見た光景が待ち構えているのだ。
頑張れ、祐介。
『本当に空砲なんですよね?』
今一度、踏み留まった。
念には念だった。万が一ということもある。
何ごとにも絶対はない。
いくら銃のプロであれ弾を間違えることだってある。
あるいはゲームを装った事故に見せかけ、憎き上司のことを亡き者にしようと画策しているのかもしれない。
この人ならやりかねない。
『そのはずだけど』
本気で言っているのだとしたら神経を疑う。
が、ここで水を差してしまったとあってはゲームが中断されかねない。
万が一、心変わりして条件を引っ込められでもしたら、それこそ大事に触る。
そうなってしまっては何でも言うことを聞くという条件はお流れに。
せっかくのチャンスも水泡と期してしまう。
ここは是非とも続行し勝利したいところである。
背に腹はかえられない。
こうなったら腹を括るしかない。虎穴に入らずんば何とやら。
覚悟を決めるしか。
『信じてますよ?』
カチッ、まずは一発目クリア。
無事、事なきを得た。命拾いした。
とはいえ凄まじいまでの緊張、凄まじいまでの迫力である。
手に汗握るとはまさにこのことだった。
『次は香澄さんの番です』
『いいわ』
カチッ、なんら躊躇うことなく引き金が引かれる。
あれだけ、こちらが葛藤し思い悩み、そして躊躇った行為をいとも容易く。
まるで息でも吸うみたいにして。
流石は腐ってもプロ。わざわざ確認せずとも弾が今、どの位置にあるか。これから何番目に発射されるのか。
もしかすると、お見通しなのかもしれない。
そうだとするなら――
『どうぞ、今度は志来くんの番』
緊張の時間は続いていく。
こちらは一発一発が勝負であるというのに。
対する相手は涼しい顔。実に淡々として。かつスムーズに引き金が引かれていく。
そこに一切の迷いはない。
『いよいよ五発目ですか』
弾は全部で六発。
そのため今回で当たりを引かなければ無事、逃げ切ったことになる。
つまり生きるか死ぬか。
この五発目にかかっているといっても過言ではない。
人生を賭けた大博打である。
それだけに引き金にかけられた指にも自ずと力が入る。
カチッ、乾いた音が鳴り響いた。
『僕の勝ちですね』
ニヤリ、勝利を確信した。
やがて、それはニヤニヤへと。
いやらしい笑みへと姿を変えていく。変貌を遂げていく。
正直なところ笑いが止まらなかった。
無残に敗れたときの彼女を想像した。
空砲を引き当て悔しがり、そして地団駄を踏む彼女の姿を。
今から足下に平伏し、跪く彼女の姿が浮かぶようだった。
哀れ。いつも上司である僕のことを見下し、そして足蹴にし嘲笑ってきた者の末路である。
女に二言はない。
そう口にしたのは誰でもない彼女自身なのだ。
言ってみれば自業自得。
さあ、約束を果たしてもらおうではないか。
文字通り、己の身をもって。
『勝負は最後までわからないわ』
往生際が悪い。この期に及んで。
負けず嫌いもここまで来ると表彰ものである。
『わかりますよ』
鼻で笑い飛ばした。
『だって六発中、六発目でしょ? どう見たって』
カチッ、空を切った。
『あれ?』
音がしない。
いや、一応、するにはしたが。が、もっと、こう派手な音が鳴り響くものだとばかり思っていた。
『今のが空砲? あれ?』
『これよ』
なんと手のひらには、さっき装填したはずの弾が。
『いつの間に?』
手品のトリックは単純だった。
子供騙しもいいところだ。装填したと見せかけ手の中に隠してあったのだ。
それを見抜けなかった僕も大概だが。
『ズルいですよ。はじめから弾なんて入ってなかったんじゃないですか』
『どう? スリルがあったでしょ』
『ありすぎですよ』
『甘いわね。それくらい銃の重みをみれば一目瞭然。すぐにわかるじゃない』
『わかりませんよ。僕は素人なんですから』
『流石に危険すぎる』
そう言うと香澄は席を立った。
『いくら空砲だって衝撃はある。至近距離から発射されたんじゃ無事じゃ済まないわ』
チラリ、髪をかき上げるついでだった。
『ある意味、誰かさんの方がよっぽど危険だけど』
『危険? 僕が? 何故です?』
『だって』
流れるような眼差し。
『もし、勝負して負けてたら何をさせられてたか』
ドキッ。
ロシアンルーレットより恐ろしい。
すっかりお見通し。頭の先から足の先まで、全部。
見事、心の中を射抜かれていたというわけだった。
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