【香澄の秘密部屋】初詣
- 2026.01.02
- 香澄の秘密部屋
一年の計は元旦にあり。
そんなわけで今日は地元の神社で初詣。
でも、今年の初詣はちょっと違います。
いえ、ちょっとどころの騒ぎじゃありません。一味も二味も違います。
え、何が違うかって? それは――

神様、贅沢は言いません。
健康と安全、事件の解決、給料アップに出世、これ以上、部下が大暴れしませんように。ジェットコースターよりメリーゴーランドの人生がいいです。始末書も謝罪会見も、この世からなくなりますように。
それと今年こそは――
「長い」
一刀両断。
すべてを台なしにし、ぶった切る銃弾のような一言が放たれる。
「いつまでお願いごとしてるの? お賽銭、たったの5円で」
そう、今年の初詣は、ちょっとだけ違う。

日本の警察に捜査協力を要請されての来日だった。
思いの外、早く済んだため、その足で一緒に地元の初詣に繰り出すことにした。
「きっと神様だって迷惑してる」
無愛想を絵に描いたみたいだった。
いつもの仏頂面。味も素っ気も。愛想も何もない横顔が言う。
けど、着物姿だけは悪くない。そう、着物姿だけは。
おかげで隣に並んだ自分は少しだけ貧相に見える。
「先に行ってる」
他の初詣客の邪魔にならないよう早々に香澄は譲った。
「あ、待ってください」
その尻を慌てて追う。
「それで? 志来クンは何をお願いしたの?」
「僕ですか?」
「うん」
「そりゃあ」
ええっと。少し考える合間を置いた。
「健康」
嘘は言ってない。無数にあるうちのお願いごとであることに変わりはない。ちなみに一番、重要な部分は端折っておいた。
まさか言えようはずもない。御本人サマを前にして。
「悪かったですね、つまらないお願いで」
「まだ何も言ってない」
「言わなくたって分かります」
上司と部下。それなりに付き合いも長いとである。相手の考えくらいわかるようになる。わざわざ口に出さずとも。
「どうせ僕はくだらない人間ですよ。取るに足らない。でも、くだらなくて結構。平凡で結構です。僕は殺し屋とは違うんです。安定こそが僕にとっての幸せです」
「本当にそれだけ?」
「そうですが?」
「ふぅん」と香澄。
「ちょっと意外」
「意外とは?」
「志来クンのことだから、てっきり」
「てっきり? なんです?」
「別に」
目線から逃れるようにしてだった。さりげなく香澄は着物の襟元を整えた。ひとつひとつの仕草が妙に艶っぽい。
「あっ」
ちょうど、階段を下りきった辺りだった。

「おみくじですよ、香澄さん」
初詣には欠かせない。むしろメインイベントとさえ言える。
まさに今年の命運を占う一代行事と呼んでよかった。
やらない手はなかった。
しかし香澄は興味がないようだ。
黙って通りすぎていく。普段、上司の小言をスルーするときみたいに。
「ひとつ運試しといきませんか?」
草履の足がピタリと止まる。
「新年初の運試しです。僕の見立てでは確率的に吉を引く確率は五分と五分。その中でも大吉は三割程度といったところでしょう」
「悪いことは言わない。運なんてアテにしないことね」
元殺し屋の女の反応は冷淡だった。
「勝負に負けるのには理由がある。勿論、勝つことにも。運なんて口実にすぎない」
「さては外れを引くのが怖いんですね?」
僕は畳みかけた。
「もしも、おみくじで悪い結果が出たらどうしようって。存外、気が小さいんですね」
「いいわ」
持ち前の負けず嫌いが手伝う。
「引いてやるわよ、おみくじでも何でも」
ものは言いようである。挑発の二文字をちらつかせることによって、一年の運を占うおみくじも途端、カジノのルーレットへと早変わりする。
「大吉です! 見てください、香澄さん! 大吉です! 大吉ですよ!」
まるで宝くじの当選でも引き当てたみたいだった。
ポーカーで呼ぶところのロイヤルストレートフラッシュ、ミシュランなら3つ星である。これ以上の成果もない。
これで今年の運勢は安泰。勝ったも同然である。
「声が大きい」
香澄が頬を赤らめる。
「大きな声、出さないで」
「これを見てください。恋愛運は最強。良縁に恵まれ思いは成就するでしょう。ですって」
たった5円と侮るなかれ。
効果は絶大。早速、願いが通じたようだ。
「そういう香澄さんは?」
どこか浮かない顔。
「結果はどうだったんです? 大吉ですか? それとも中吉? 小吉ですか?」
「馬鹿馬鹿しい」
広げてあった、おみくじを畳むと早々に仕舞い込んだ。
「所詮、子供騙しよ。根拠も何もない。馬鹿げてるわ。こんな不正確な情報に振り回されるなんて」
「ははあん」
このときの僕は、さぞ意地悪な顔をしていたに違いない。
「さては結果が良くなかったんですね?」
ちょっと困り顔なのが見ていて面白かった。
もっと困らせてやろう。今こそ積もりに積もった鬱憤を。恨み辛みを晴らすとき。
反撃の狼煙が上がる。
僕の中のいじめっ子遺伝子に火がつく。
「まぁ、そう気を落とさずに。きっと良いことがあります。僕は大吉でしたが」
「大吉よ」
「え? 大吉? 香澄さんも大吉だったんですか? なんだ、僕と一緒じゃないですか。それじゃあ」
正直、拍子抜けだった。
とんだポーカーフェイス。いや、引っかけである。まんまと殺し屋の術中にハマった。
「特に恋愛運」
「恋愛運? 恋愛運がどうかしましたか?」
思わず身を乗り出した。
「知らない」
必死に覗き込もうとする僕。逃げ回る彼女。
背丈が足りてないため子供と大人のじゃれ合いみたいになる。
「教えてくださいよ、ケチケチしないで。別に減るもんじゃなし」
「イヤよ」
さっきの仕返しとばかりだった。
困惑する僕を明らかに彼女は楽しんでいる。いじめっ子遺伝子に火がつく。
「ヒント! それは? 職場に関わることですか?」
「さぁ、どうでしょう」
「それともプライベート? 身近な相手?」
「ご想像に」
「香澄さんっ、お願いですから教えてくださいよぉ!」
彼女の恋愛運の結果が気になって仕方ない僕なのでした。
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