【オリジナル小説】『懲役警察 C Through Chronicle 殺し屋と媚薬と』前編

【オリジナル小説】『懲役警察 C Through Chronicle 殺し屋と媚薬と』前編

それは、ほんの出来心だった。

魔が差したといってもいい。

いや、好奇心、それとも探究心か。

どちらにしても、いつもの僕じゃなかった。

完全に平常心を欠いていた。

冷静さを失っていた。

どうかしていたとしか言いようがない。

つまりは自分の欲求に負けた。

『馬用興奮剤』の四百倍。

そう言われて、ノエルさんから手渡されたのは茶色い小瓶に入った何やら怪しげな液体だった。

なんでも競走馬の種付け、繁殖の際に用いる媚薬の一種らしい。

勿論、市販されている代物ではない。

僕の知る限り、世界のどんな研究所にも置いてないし大学にも許可されてない。

そもそも、こんな危険な代物はあるべきじゃない。

あったとしても徹底的に管理されるべきだろう。

たとえば、世界一、硬い金属といわれているロンズデーライト製の金庫の中に入れておくとか。

もし仮に世間一般に出回れば犯罪に利用されることは目に見えているからだ。

その危険性は、きっと“レイプドラッグ”の比じゃない。

そんな危険な媚薬を今、僕は手にしている。

今、この手に。

もし、これを生身の人間が飲めばどうなるか。

ノエルさんによれば、本能のままにパートナーを求め続けるのだという。

半永久的に。

獣のように。

本来の目的、つまり交配という目標を達成するまで。

それだけ強力だし、効果は折り紙付きだと。

「相手には気づかれない?」

不安に感じた僕は真っ先に訊いた。

すると、ノエルさんは笑って答えた。

無味無臭だし相手には絶対に気づかれることはない。

一度、酒に混入させてしまえばバレることはない。

たとえ、その相手が凄腕の元殺し屋であっても。

「ねぇ、志来くん」

シャワーの音に混じってバスルームから声がした。

心なしか、いつもより艶っぽさに磨きがかかって聞こえる。

「本当に内緒だからね。今夜のこと」

テーブルの上には彼女の銃とバッジ、それと手錠が丁寧に並べて置かれている。

いつもは肌身離さず身につけているはずの銃。

それが今、ここにあるということは、完全に僕に気を許している証拠だ。

避妊具の置き場所を何度もチェックした。

穴が空いてないかも入念に確認した。

万が一のことがあっては一大事だからだ。

いかに彼女が百発百中の腕を誇ろうと、その的が“望まぬ結果”とあっては困る。

ホテルの一室での密会。

部下と上司の不適切な関係。

これだけでも僕にとっては大冒険だった。

1522年にフェルディナンド・マゼランが世界一周を遂げた偉業にも等しい。

いや、男女の関係を築くというだけでも、僕の中では一大イベント。

人生初の試みなのだから。

ましてや……。

「ねぇ」

ついにバスルームの扉が開いた。

「よかったら、もう一度、飲み直さない?」

夢にまで見た光景の始まりだった。

続く